【都市伝説】『午前零時三十二分の、明日行き』緑色の路面電車へ足を踏み入れた瞬間、それまで聞こえていた話し声がぴたりと止まった。九人分の視線が
概要
【都市伝説】『午前零時三十二分の、明日行き』緑色の路面電車へ足を踏み入れた瞬間、それまで聞こえていた話し声がぴたりと止まった。九人分の視線が、一斉に僕へ向けられる。「……十人目?」白髪の女性が尋ねた。「たぶん。駅前書店で働いている、三枝透です」自分で名乗っておきながら、なぜここにいるのかは僕にも分からなかった。始まりは一時間前。閉店後の書店で返品作業をしていると、電話が鳴った。 『今夜の十人目が来られなくなりました。代わりに乗車してください』 「何の話ですか」 『午前零時三十二分。桜橋停留所です。あなたなら見えるはずです』 電話はそこで切れた。 悪戯だと思った。 しかし店を出ると、十五年前に廃止されたはずの桜橋停留所に、古い電灯がともっていた。 この街には、こんな都市伝説がある。 人生で一度でも「もう夢なんていらない」と口にした人には、廃線となった線路の上を走る緑色の電車が見える。 それは一年に一度、午前零時三十二分に現れ、十人の乗客を明日停留所へ連れていく。 夜明けまでに辿り着ければ、十人のうち一人だけ、諦めた夢が叶うという。 「急に呼ばれて、本当に来たの?」 作業着姿の男性が驚いた顔をした。 「自分でも、まだ夢を見ている気分です」 正直に答えると、車内に小さな笑いが起こった。 馬鹿にされたのではない。 九人も僕と同じように、この奇妙な状況を持て余していたらしい。 「私は梅原雪乃。昔、舞台衣装を作っていたの」 最初に声をかけてくれた白髪の女性が、隣の席を空けてくれた。 乗客たちは順番に名乗った。 歌手を目指していた会社員。 星を発見したかった元理科教師。 自分の店を持ちたかった給食調理員。 花屋になりたかった看護師。 故郷の海を撮り続けたかった写真家。 空を飛ぶ車を作りたかった町工場の職人。 絵本作家を夢見ていた母親。 小さな映画館を開きたかった不動産会社の営業。 そして、子どもの頃からバレエを続けていた少女、日向灯。灯だけが、いまも夢の途中にいた。 「私、来月の発表会で主役を踊る予定だったんです。でも足を痛めてしまって。先生には、もう以前のようには踊れないかもしれないって」 十七歳の灯は、膝の上で拳を握った。 「だから昨日、夢なんてなければ苦しくないのにって言いました」 誰も励まさなかった。 簡単に「諦めるな」と言えるほど、夢の痛みを知らない人は、この電車には乗っていなかった。 続く⬇️
元の投稿文
【都市伝説】『午前零時三十二分の、明日行き』緑色の路面電車へ足を踏み入れた瞬間、それまで聞こえていた話し声がぴたりと止まった。九人分の視線が、一斉に僕へ向けられる。「……十人目?」白髪の女性が尋ねた。「たぶん。駅前書店で働いている、三枝透です」自分で名乗っておきながら、なぜここにいるのかは僕にも分からなかった。始まりは一時間前。閉店後の書店で返品作業をしていると、電話が鳴った。 『今夜の十人目が来られなくなりました。代わりに乗車してください』 「何の話ですか」 『午前零時三十二分。桜橋停留所です。あなたなら見えるはずです』 電話はそこで切れた。 悪戯だと思った。 しかし店を出ると、十五年前に廃止されたはずの桜橋停留所に、古い電灯がともっていた。 この街には、こんな都市伝説がある。 人生で一度でも「もう夢なんていらない」と口にした人には、廃線となった線路の上を走る緑色の電車が見える。 それは一年に一度、午前零時三十二分に現れ、十人の乗客を明日停留所へ連れていく。 夜明けまでに辿り着ければ、十人のうち一人だけ、諦めた夢が叶うという。 「急に呼ばれて、本当に来たの?」 作業着姿の男性が驚いた顔をした。 「自分でも、まだ夢を見ている気分です」 正直に答えると、車内に小さな笑いが起こった。 馬鹿にされたのではない。 九人も僕と同じように、この奇妙な状況を持て余していたらしい。 「私は梅原雪乃。昔、舞台衣装を作っていたの」 最初に声をかけてくれた白髪の女性が、隣の席を空けてくれた。 乗客たちは順番に名乗った。 歌手を目指していた会社員。 星を発見したかった元理科教師。 自分の店を持ちたかった給食調理員。 花屋になりたかった看護師。 故郷の海を撮り続けたかった写真家。 空を飛ぶ車を作りたかった町工場の職人。 絵本作家を夢見ていた母親。 小さな映画館を開きたかった不動産会社の営業。 そして、子どもの頃からバレエを続けていた少女、日向灯。灯だけが、いまも夢の途中にいた。 「私、来月の発表会で主役を踊る予定だったんです。でも足を痛めてしまって。先生には、もう以前のようには踊れないかもしれないって」 十七歳の灯は、膝の上で拳を握った。 「だから昨日、夢なんてなければ苦しくないのにって言いました」 誰も励まさなかった。 簡単に「諦めるな」と言えるほど、夢の痛みを知らない人は、この電車には乗っていなかった。 続く⬇️
